ガトン滞在記'98

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たいしが綴る、98年夏にオーストラリア・クイーンズランド州ガトン市にホームステイした際の思い出話

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第12回・TOO SHY SHY BOY!

(筆者でさえ)忘れた頃の、実に3年ぶりの更新の『ガトン滞在記'98』です。たいしですこんにちは。

改めて、このブログが何かと言いますと、そもそも自分が中3の頃に、市の海外派遣でオーストラリア・ガトン市へホームステイに行きまして、当時一緒に行ったメンバーと今でも飲んだりちょいちょい集まる中で、自分がみんなより当時のことをやたらと覚えているということで、忘れないうちにブログに書こうというのがテーマでスタートしたわけですが、10年経って鮮明だった記憶は、15年も経つと相当に薄れます(苦笑)

なのでそれらが消えてなくなる前に、なけなしの脳みそを振り絞って書きます。今年こそ書き終える…つもりです^^;

さてサヨナラパーティーの翌日、7日間ほどお世話になったホストファミリーともいよいよお別れの日。僕は早朝に叩き起こされた。目を開けるとホストシスターのナディンの姿が。前回も触れたけど、ナディンと僕はやたらとドライな関係。この日の別れの挨拶も幾分ストレートで、

「さよなら、また会いましょうね」

的な一言を、笑顔でさらりと言い残し立ち去りました。いわゆる欧米映画に見られるHug&Kissみたいなアクションまるで無し。いきなり起こされ寝起き全開の僕も「See you…」と伝えるのがギリギリで、日本のシャイボーイと豪国のシャイガールの別れのやり取りは、1分程で終了。

ロッキャー高校に集合して、ホストファミリーともここでお別れです。異国の地で何日間もずっと一緒に過ごしたのに、下手すりゃ一生会えない人がいるという感覚は、みんなあの年齢にして初めてだったんではないでしょうか。涙を流す人も多い中、自分はと言うと、先述した様々な過酷なエピソードの末に、この頃なかなか疲労が困憊しておりまして、またここでもシャイだったワタクシ、結局泣かずにお互い笑顔でフランクにお別れ。まあ、これはこれでありでしょう。本当にお世話になりました。

一同はガトン市を離れ、ブリスベンの街へ移動。少し買い物をする時間が与えられて、男子何人かでデパートへ。おもちゃ屋さんを覗いてみたら、ジャパニーズのソウルを激しくくすぐるシロモノを発見!

たまごっち(English ver.)

当時まだまだ人気を博していて手に入りにくかった国民的玩具が、こっちではワゴンセールしてました。買うしか無いでしょう。

単体販売は日本円で¥500くらいで、『HIMIKO』という、卑弥呼に酷似した謎のキャラクターを育てるゲームが抱き合わせだと¥1,000くらい。申し訳ないけど『HIMIKO』はいらないので、たまごっち単体で購入。

帰国前夜はこの辺りのホテル『NOVOTEL』に宿泊することに。部屋割りがあらかじめ決まっていて、6人しか行かなかった男子は2人ずつに分かれることに。H中のスグルくん&KH中のツヨシくんコンビ。HI中のコータくん&OI中のワタルくんコンビ。そしてA中のマツモトくん&N中オレコンビ。部屋割りした先生、各々のキャラをよくわかってるなぁという感じです。

今回の旅で食事の味の違いには苦労した僕も、ホテルの夕食はなかなか美味しくて、食後もヤロウ数人でお決まりの女子部屋へ訪問したりとなんとも男子中学生らしい時間を過ごし、部屋に戻ってシャワーを浴びて就寝。朝起きたら支度をして、ベッド脇にスタッフさん宛にチップを置きます。これは海外ならではの感覚ですな。そしてベッド脇にはメモ帳が。そこで同部屋のマツモトくん。ペンを取り一言書き綴りました。

“F××K Y×U !”(当ブログ自主規制)

たいし「さすがにこれはヤバいっしょ!」
マツモト「だいじょーぶだよ。日本人はユーモアが足りないんだよ。

いやいや、もはや自分がシャイだとかジャパニーズだとか、そういうレベルの話じゃない。冗談で済めばいいが、もしホテルから市につまらないクレームとか入って、後々市役所に呼び出されたりしたらどーすんのよと、たいし少年は真面目に不安になり、帰国後一週間くらいは密かにビビってたことを書いとくぜ、マツモトくん。

次回は最終回(予定)!ちゃんと年内に書きます。
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# by taishi-98summer | 2013-06-17 17:05
もはや1年に1回ペースでの、大変グダグダな更新になってしまった当滞在記。

書き始めた2年前は、ちょうどホームステイから10年目で記憶もある程度は鮮明に残っていたものの、あれから2年で結構記憶って薄れるもんですね。すなわち人間の記憶力は10年が1つの節目であることを、この脳みそ(減る一方)をもって痛感しました。もう12年だもんね、当時「カズ、三浦カズ」等々で、あれだけフランス大会でバッシングされた岡ちゃんが、また南アフリカ大会で監督やるなんて誰も想像もしなかったでしょう。

果たして来年以降どれだけ記憶が残っているのか自信がないため、覚えているうちに書き終えようかと思います。記憶を呼び起こすために、当時ヒットしたLUNA SEAのアルバム『SHINE』を聴きながら書いてます。「I for You」が淡いです。

ホームステイの最後の夜に、いよいよこのステイの一大イベントであろう「サヨナラパーティー」が行われました。

お世話になったロッキャー高校の体育館を一晩借りて、各ホストファミリーが全員集まって過ごすイベント。市のお偉いさん方もお見えになって、それなりの規模で行われた気がします。みんな浴衣に下駄着用でした。HI中のコータくんは甚平だったね。

このイベントに向けて、我々生徒達は「出し物」を披露するため、打ち合わせや練習を重ねてきました。マジックを披露した人もいれば、歌を歌った人、自作の洋服をファッションショー風に紹介した人、二人羽織を企画した人もいて、うちのホストブラザーのリードくん(元気?)が果敢に挑戦していました。

思い出したけど、うちのホストシスターのナディンさんは、シャイなのか興味がないのか、初日から自分とすこぶるドライな関係。滞在中もあんまり会話を交わすこともなく、このパーティーもバイトかなんかでまさかの欠席。そこは義理でも休み希望出して欲しかったわ。

話がそれましたが、みんながそれぞれきちんと計画立てて頑張って来た中で、我々派遣生男子一同は、渾身の芸「マシュマロキャッチ」を披露。
一応改めてルールを説明すると、2人1組で片方の人がマシュマロを投げ、もう1人が口でキャッチするだけの、出し物というよりもはや悪ふざけレベル。日本から持ち込んだマシュマロが税関で引っかかりそうになるというアクシデントを乗り越え、各メンバーがラムネ味とメロン味を手に取り、いざスタンバイ。

オープニングの煽りMCを任された、男子エンタメ担当の自分。
「Hey! ladies & gentlemen, we will play Marshmallow-Catch! OK!? Oh Yeah!! Thank you!!!」(全文)

もう受験生とは思えないくらいのEZなEnglishで、マシュマロキャッチはスタート。おぉ!意外や意外、ウケてるぞ。ノリは加速して現地の皆様にも参加して頂き、場の空気がシラケないうちに早めに終了。やったぜGuys!!これで安心して帰国が出来るぞ。

最後にみんなで「上を向いて歩こう」「SUKIYAKI」(つまりはおんなじ曲)を合唱。輪になって練習した秩父音頭をみんなで踊ったのもここでしたっけ??

実際この夜がホストファミリーと過ごす最後の夜だったわけで、みんな思い思いの一晩だったのではないでしょうか。さすがに当時の心境までは覚えてないけど、帰りに体育館を出て、暗い中車に乗り込んで帰る情景をうっすらと覚えてます。

次回はいよいよ帰国ですよ。
おそらくもう1〜2回の更新で書き終えるかと思いますので、年内の執筆を目指します。
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# by taishi-98summer | 2010-07-06 21:44

第10回・ガトン珍遊記

気づけばあの夏のホームステイから11年が経とうとしていますが、今回は「珍エピソード集」と題して、自分の身に起こった珍事を覚えているだけ書いてみます。

ある日の夕方、ホストシスターのナディンがバイトをしているマックに、勤務終了をみて一家で向かえに行ったことがあった。
そこでは夕ご飯も兼ねるということで、ホストマザーから「今から注文するけど、タイシ何を食べるの?」的な事を聞かれた。僕は日本人。一応建前でもさ、とりあえずのところこう答えるさ。

たいし「いやいや、自分で払うから大丈夫だよ!」
するとすかさずマザー、
マザー「あら、そう。わかったわ」
たいし「…」

チーン。
気を使った一言が裏目に。ホームステイしていながら、痛恨の自腹メシ決定。
「Big Mac Meal」という、日本で言うところのビッグマックLLセットみたいなものを注文。前回で食事の味の違いに関しては書いたけど、マックは日本と比べても味が大体同じ(ちょいと向こうのが大味か)。なので滞在中にはマック、大変重宝しました。

別の日の午後、これまたテニスをしているシスターを向かえに行くため、マザーと車でコートまで。「呼んでくるから、あなたは車の中で待っててね」とマザーが建物の中に入る。車からはテニスコートが見え、どうやらシスターがテニスをやっている。しばらく車の中で待つことに。

…。

…待てど暮らせど、マザーもシスターも全然帰って来る気配がない。
すると突然、なんと着替えを済ませたマザーがラケットを持ってコートに登場。

あんたもやるんかい!!見知らぬ土地で1人、誰がこんな展開予想したであろうか。
何もすることのない僕は彼女らのプレイするテニスをひたすら観戦し(独り言で実況したりもした)、相当経ってから一汗流した彼女らは清々しい表情で車へカムバック。
無理矢理笑顔で迎え入れた自分であった。幼児なら確実に熱中症レベルである。

時は変わってある日の昼下がり、ホストマザーに連れられてご近所のお宅へ遊びに出かけた。そこにはご近所の主婦が集まっていて、「うちのタイシよ」的な紹介の元軽く挨拶を交わした後、子供部屋へ放り込まれる。そこにはその家の可愛い幼児達が遊んでいて、しばらくの間彼らと時間を過ごすことに。

1人のガキンチョが「一緒にやろうぜ!」と何やら見馴れたマシンを指差した。
そいつはなんと、

スーパーファミコン。

現地では「SUPER NINTENDO」と呼ばれるスーファミで、彼らとおなじみ『マリオカート』で対戦することに。
スーファミ発祥の地、日本から遥々来た自分は軽々しく勝負を挑まれ、負けては故郷に帰れない。
この国際レースに日本代表としての意地と誇りをかけ、歳が最低でも10は離れていたであろう彼らに私、ハッキリ言って本気でやりました。

ロケットスタートに目を丸くする彼ら。フフン。結果はさすがに自分の大勝だったが、負けたガキンチョは半泣きでコントローラーを放り投げる始末。その行為にスポーツマンシップを疑ったけど、今となっては自分の大人気無さが国境を越えて恥ずかしい。I'm sorry。

その他にも色々ありました。

・週末に教会へ連れられて行く。やっぱり現地の教会は雰囲気が違うな〜と感動したものの、何故か賛美歌をバンド演奏。そしてそのバンドがお世辞にも上手いとは言えず、場は相当シュールな空気に。

・おそらく今回のステイでファミリーが用意してくれた最大級のエンターテイメント「映画」を観に街まで行く。数日前から「この日は映画を観に行くわよ♪」とホストマザーから言われていた。
いわゆるレイトショーで、いざ始まったのは当時日本未公開の「ドクター・ドリトル」。当然字幕など有るわけ無い。英語を追いかけるのに必死で、その結果たいし痛恨の爆睡。起きた頃にはラストシーンで、ハッキリ言って映画のストーリーなんて全然わかんない。けど寝てたかどうかなんて隣にいてもわかんないだろうと、映画館を出てとりあえず満足げな表情をしていると、ホストシスターから「タイシ、寝てたでしょ 」と容赦なくツッコまれる。バレていた。

次回はいよいよサヨナラパーティーです!
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# by taishi-98summer | 2009-07-03 10:11
ドリームワールドから帰って来た日だったか、そのよく翌日だったか、夜になってホストファミリーが「出かけるぞ」と僕を車へ。

当初聞いてなかったので、夜な夜などこへ出かけるのだろうと車に揺られてしばらくすると、一件のお家へ。そこには既に他の研修生のみんなが沢山いるではないか。急遽みんなにまた会えてウキウキしたのを覚えてます。

なんとこの日、サプライズでHI中のヨシザワさんのバースデーパーティーでした☆
ローソクを吹き消す前の彼女の「私は英語が上手く話せないけど、今とても幸せです」的な英語での挨拶は覚えてます。自分じゃとっさに思いつかないからね(アドリブ苦手)。
そんな彼女はもうすぐ現地の男性と結婚する予定。なんだか嬉しいですよね。思い返すと時の流れをしみじみと感じます。

この日はその後、みんなでお庭でバーベキューをしたり、バスケをしたり、何故か敷地の片隅でトランポリンをしたりと、結構楽しかったんです。何か子供の時って、夜に外で遊んでいると妙にテンションが上がったなぁ。

そんな中、バスケをしている最中にツヨシくんが眼鏡を破損。顔面にボールが当たった際にレンズがフレームからポコッととれてしまい、使用不能。途端に下がる彼の視力とテンション。まあ、大変だったね。
なおその眼鏡、パーティー後に彼がホストファミリーに「My glasses were broken」とアピールし、翌日には修理に連れてってもらい直ったそう。よかったね。

あと余談なんですがこのパーティーの時、自分は焚き火を囲んである女子と座り込んで長話していたのですが、それを思い切りキャッチされ、「たいしはその子が好きだ」「その子には既に彼氏がいるから、たいしかわいそう」的な、根も葉もない噂が一部の研修生の間に勝手に広まってしまい、本人の全く知らないところでとんだ初ロマンスとなってしまうことに。しかもその噂が本人の耳に届いたのは帰りの飛行機の機内。最後の最後にそれかよって(笑)
改めて、報道内容を完全否定させていただきます。

次回は「珍エピソード集」をお届けします!
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# by taishi-98summer | 2008-08-26 17:37

第8回・Ah Forever Your Love

最初に、これは流してもいい話題なんだけど、思い出したから書きまっせ。

前回書いたロッキャー高校。校内を歩いているだけで、向こうの生徒達は男女問わずフランクに挨拶をしてくる。ところが、フランクすぎるヤツが一人だけいた。

そいつはうちらより年下の少年なのだが、「お前らは年上だろ?けど身長が俺と変わんないね」的な挑発をしに、男子の輪にわざわざやってきた。これに男子勢は怒りを露に。「なめんなよ!」って日本語で言ったと思う(伝わるわけないけど)。確かにワタルくん以外の男子は皆身長が低かったんだけどね。

その風貌から、特に根拠もなく我々の間で“インド”と呼ばれていた彼は、女子にはとてもイイ顔をするという二面性の持ち主だったため(現に女子ウケは良さそうだった)、それがまた我々ヤロウ共の怒りを買ったのは言うまでもない。ちなみに研修生全員に配られた報告集の61ページのサイトウさんページにヤツの写真が載ってるよ。

さてホームステイが始まって2日後くらいか、それまで留守にしていたホストブラザー(弟)となるリードくんとご対面。確か2こ下だったけど、性格も良くて自分なんかより全然しっかりしてました。しかもイケメン。もう確実に結婚してるでしょう。

ある日、彼と一緒に家の牧場(超広い)の農作業を手伝うことに。
着いてからとにかく目にするもの全てに新鮮さを感じていた自分は、農作業ひとつにしてもルンルン。せっせと手押し車を押したりして楽しくやっていたのだが、そんな自分に冷や水をかけるが如く、痛恨の事態に陥ることに。

牛のフンを踏んでしまいました。

テンションが急降下。もう全然楽しくない。
牧場なのでフンの1つや2つくらい仕方ないのですが、よく見たらリードくん、作業用の長靴に履き替えてるじゃん。なんでここまで手伝わせて、僕には長靴とか貸してくれないんすか?
向こうでは基本家の中でも靴なので、こんなウンの付いた靴はもう履いて歩けない。きっと洗えばいいんだろうけど、ホストマザーにこの話を切り出すのもなんかイヤだ。
さようなら、ナイキのエアズームスピリドン(泣)
第5回でも触れたが、今回自分は靴を予備でもう1足持参していた。残り日数が半分以上ある段階で、早くも役に立つことになるとは…。

生活にも慣れて来た頃、研修生全員で『ドリームワールド』というご当地遊園地へ。
向こうの遊園地は日本に比べてなかなか大味で、例えば水系のアトラクションの場合、普通にしてても容赦なく水がかかります。またここは「タワー・オブ・テラー」という絶叫マシンが目玉らしく、ホストファミリーに乗って来いと言われた手前乗らないで帰るわけにもいかず、コータくんらとチャレンジ。スピードがハンパなかったです。
乗り物だけじゃなくて、園内にカンガルー等動物が飼育されていたりと、見所も多くて結構楽しく過ごせました。
スグルくんはここでスポーティーなサングラスを購入。これをかける彼は妙にネイティブな雰囲気でした。

この後一同はゴールドコーストの海岸へ。波がでかい。当時「ビーチボーイズ」の再放送を観ていたこともあって、青いサングラスは無くとも気分は桜井広海。ズボンの裾をまくって膝くらいまで入って終わろうとした矢先にビッグウェーブがザバーン。ズボン全体がびしょ濡れになってしまい、以降はどれだけ濡れても気にしなくなり海遊びを楽しみました。
帰宅後ホストマザーが笑いながら、「あら、やっぱり海に入ったのね」的な一言。面倒かけてスミマセン。

次回はホームステイ後半戦です。
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# by taishi-98summer | 2008-08-13 08:03
なんとか吐き気を押さえることができ、しばらくの間お世話になることになるレスター家へ。
家では既にホストファーザーとホストシスター(姉)が待っており、「ナイストゥーミートュー!」というありきたりな英語で挨拶をした。ホストシスターは含み笑い。おそらく相当ベタな挨拶だったのだろう。
先に言っておくとこのシスターはことあるごとに含み笑い。例えばトイレ1つ行くのにも、日本人の感覚からすると他人んちだから一言断りを入れるもの。マザーは快く返事をくれるのだが、このシスターは「そんなことまで…」的な苦笑。そのままトイレに入ってから思わず「てめぇ」と日本語で独りつぶやいたこともあった。もう結婚でもして幸せに暮らしてるだろうか…。

待ちに待った夕食☆本場の洋食☆☆初日からステーキ☆☆☆いただきます!!!

…ん、んん???

ステーキソースに、味が無い。

厳密にいうと薄味だったのかもしれないが、味が根本的に違う。日本とオーストラリアの味覚の違いには覚悟は決めていたが、初っ端からこんなに違うとは…。
向こうは米ではなく肉がメイン。いきなりだけど肉以外で攻めるしかねえ。プレートの端っこにライスが盛ってあるのを見つけ、パクッと口にするも米が硬っ!炊き方が違うんでしょう。
何食べりゃいいのよ(泣)唯一日本と味が一緒だったマッシュポテトを腹に収め、肉も米も食べれるだけ食べ、「ごめん、もうお腹いっぱいなんだ」と決死のアピールをし、申し訳ないながらも残しました。

夕飯も終わって家族の団らん。日本からのお土産を渡しました。大相撲の力士が描かれた手ぬぐいが意外と喜ばれ、話が徐々に盛り上がる。この勢いでもうちょっと話したい!

たいし「オーストラリアではどんな歌手が人気なの?」
マザー「ティナでしょ、リナでしょ、(あと数人の名前)」
たいし「日本ではGLAYが人気なんだ♪」
マザー「あ、そう。今テレビ観てるからごめんね」
たいし「(えっ!?)オー、ソーリー…」

会話は数分で終了。良くも悪くも、ほんとに家族の一員として受け入れてもらえてるみたいです。日本人の感覚とはちょっと違うよね。

シャワーを浴びて就寝。翌朝は7時半起床。面白いことに、向こうは7時からあるチャンネルで「おはよう日本」が放送されていた。ところが7時半からは変わって中国のニュース番組。この日起きた時には既に中国だったのですが、自分自身も初めて観る中国の番組にとりあえず「おもしろい」と発した一言。この日を境に、最後の日まで毎朝中国ニュースで目覚めることに。

一晩明けて、いざロッキャー高校へ初登校。マザーが車で送ってくれるということで、荷物を持って待っていても、なかなかマザーが急いでくれない。おい、遅刻するってばよ!
案の定、初日にして堂々の遅刻。みんなが集まっている中一人登場し、先生にワケを説明しているころ、僕より更に遅れて到着したのはスグルくん。彼もまたホストファミリーがのんびり屋さんらしく、もう半ギレ。気持ちは痛いほどわかるよ。

みんなとの話題は前夜の夕食。聞いたところなんと半数以上の家庭が「美味かった♪」とのこと。ナカノさんちのシチューはほんとに美味しかったらしい。どうしても口に合わなかったのは僕んとことマツモトくんちくらい。他にもいたのかね?

学校ではコーディネーターのアンドリューによる英会話研修。ここでは英語しか喋ってはいけないというルール。どうしてもとっさに日本語を喋ってしまうコータくんに、アンドリューは「Kohta! Don't speak Japanese!!」と喝を入れる。これが後々ネタになってしまい、最終日までコータくんはことあるごとにアンドリューから「Kohta!!」といじられるハメに。悪い気はしてなかったみたいだけど(笑)

次回はドリームワールドへ行った辺りまで♪
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# by taishi-98summer | 2008-08-08 09:18
成田から10時間(確かそのくらい)にも及ぶ長いフライトの末、現地時間の朝、ついにブリスベン空港に到着。で、でかい…。空港内の雰囲気が、当時の新曲「love the island(鈴木あみ)」のプロモと何となくかぶりました(外国ってだけで)。

空港を出てからバスで移動するわけですが、真っ先に目についたのが制限速度の標識。

「100(km/h)」

…周りにいた男子勢は絶句。ここ、一般道っすよね?
なんだか知らないけど、とりあえずオーストラリアに来ちゃったことを実感させられました。

狭い機内でなかなか眠れなかった自分。差し込む朝日が夕日に感じてしまうという、大して時差も無いのに謎の時差ボケに遭い、眠気がピークに。これから異国の地で一日が始まるってのに、なかなか不安を感じました。

この辺の記憶はかなり曖昧なので、順不同で初日のトピックを。

ガトン市内だったか、昼食はケンタッキー・フライドチキンにて。味は多少異なるものの、とりあえず日本と同じ食べ物にありつけることができ一安心。なおH中のハリガヤさんはみんなより一足早く、ここケンタッキーでホストファミリーと偶然の初対面。とても陽気に喋るハリガヤさんのホストファーザー。このいきなりの光景に、コータくんと僕は『ケンタッキーの再会』と名付けました(初対面だって)。

この後だったか、遊具のある公園みたいなところでちょいと遊ぶ一同。こんなほっとする安らぎの一時に、思いもよらぬハプニングが!
今まで誰にも言ってなかったけど、この時自分、密かに犬の××を踏んでました(爆)不幸中の幸いか踏みが浅かったので、土の上をこするようにひたすら走ることで、復旧マイシューズ(NIKEのエア・ズーム・スピリドン)。眠いわ踏むわで、到着早々散々な目に。

広場に集合し、コーディネーターのアンドリュー&デニス夫妻を囲んでオリエンテーション。ここでもまた、衝撃の事実を知らされることになる。
どうやら学校から家の遠い人は、バスで登校しなければならないらしい。対象の人が続々とアンドリューから名前を呼ばれ、片道の運賃が書かれた紙を貰う。そしてついに、

「Taishi!!」

うっそーん(泣)俺もかよ…。
恥ずかしながら、日本国内ですら一人でまともにバスに乗った経験が無かった自分。こんな異国の地で、通貨の種類もイマイチわからない状態で、果たして無事に学校へ行けんのか!?
僕の隣ではHI中のコータくんがやはり紙を渡され、「トラベラーズチェックしか手元にないから、両替どうすんだよ…」的な、彼なりに別ジャンルの悩みが。お互い大変ねぇ。
なお、この時の自分の非常にローテンションな表情は、研修報告書の表紙にてご覧いただけます。よく見ると過半数の人達が険しい顔してるねこの写真。

ついにロッキャー高校(我々がお世話になる現地の学校)へ。学校の施設をぐるぐると見学するのですが、度重なるハプニングと緊張からか、ついにノグチ、グロッキー気味に…。気持ち悪くて歩くのも辛い状態で、ポイントポイントでしゃがみ込んだりしてなんとか平行線に。あまりにヤバいので、ホームステイ先に到着したら真っ先にトイレに駆け込む(イメージを悪くしないよう笑顔を振りまいて)という、体を張った究極の作戦も視野に入れてました。

体育館に集まり、いよいよホストファミリーとの対面。みんなそれぞれ順次向かえに来たホストファミリーに呼ばれ、その場を去っていきます。トップバッターは我らがN中のリュウさん。彼女を向かえに来たホストファーザーはなんとバイクで参上。渋いねぇ。
続々と向かえに来てはいなくなっていくみんな。なかなかうちのホストファミリーが来ない。緊張もピークに達した頃、大柄な女性が登場。

「Taishi!!」

「Oh〜Nice to meet you!!」的な、ワケの解らないハイテンションなセリフを叫び、お世話になるホストマザーとご対面。これから数日間、宜しくお願いします。

車に乗り込み、真っ先に質問。

たいし「バスで登校しろという紙をもらったんだけど…」
マザー「Oh! それなら大丈夫よ。私が車で送ってあげるから」

心配事が消えた瞬間、何故か良化した体調。緊張しいな性格は今と変わらんねぇ(笑)

次回は夕食〜翌日の初登校くらいまで(たぶん)!
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# by taishi-98summer | 2008-07-12 22:06

第5回・齋藤真一

不安から始まるも終わってみたら実に楽しかった研修の日々を経て、いよいよ98年8月3日、出発の日がやって来た。

向こうに行っての暇つぶしにと、ウォークマンとカセットテープは当然持参(時代を感じますな)。LUNA SEAのニューアルバム『SHINE』、安室奈美恵やglobe等小室哲哉プロデュースの曲だけを沢山入れたもの、あとはGLAYやらラルクやらB'zやらT.M.Revolutionやらいろいろ入れたごちゃ録りテープの3本をスタンバイ。これでもう安心。バファリンやビオフェルミン、酔い止め等常備薬も大量に用意。ポケット和英辞書も用意。
親に即され、靴も予備にもう一足持たされた。荷物になるから嫌だったが、これが後々大活躍することに。

夕方頃会館前に集合し、家族とはしばしのお別れ。行ってくるぜ!

成田空港に着くまでのバス車内の記憶は全然無いが、何せ地元から成田までがすごい遠かったのが覚えている。結構疲れた。

いざ成田空港に到着。初めての成田。やはりでかい。
到着してすぐ全員集合。日本人のコーディネーターらしきおじさんを紹介される。出国までの僕らの誘導をして下さるのだが、その人が不意に発した一言。ビザに関しての注意事項。

「皆さんはこれから研修に向かわれますが、ビザは“Study(勉強)”ではなく、“Sight Seeing(観光)”でとっていますので、出国の際係の人に訪ねられても間違えないで下さい。Sight Seeing、サイトウ シンイチと覚えて下さい」

シーン。

リアクション皆無。別に面白くなかったわけでも無いが、言い方があまりにさりげなさすぎて、たぶんみんな聞いてなかったんだと思う。彼の気持ちを考えると、このなんとも言えない空気が実は自分のツボだった。

注意事項の説明も終わり、一同一時解散。出国までしばしの自由時間となる。
男子数人と行動を共にしたが、みんなどこかナーバスだ。まあ、無理も無いよな。帰国子女のスグルくん以外はみんな初の海外。飛行機からして初めてな人だって沢山いた。

そんな我々の不安もピークに達し、ある憶測が真剣に話し合われた。
この日の飛行機はJALとカンタス航空の共同運行便。座席が人によってJAL側の人とカンタス側の人と別れていた。
「飛行機が事故に遭った際、JAL側の方が安全性が高いんじゃないか?」
カンタスだったもう俺は気が気じゃない。こんな話を14〜5歳の少年達は大マジに話していた。落ちちゃえば一緒だって(笑)なんで小さい時って飛行機=事故ることしか考えないんだろう…?

まるで戦場にでも向かう前のような一時を過ごし、いざ飛行機に乗り込んだ。搭乗ゲートで数回引っかかったスグルくんとコータくんも無事搭乗。やったね。

自分の座席の両隣はナカノさんとオノさん(共にM中)。二人とはもちろん研修で初対面だったけど、研修もこれまで回数やってたし結構楽しく時間を過ごせました(と俺は思ってる)。
A中生徒会長のマツモトくんは機内でも熱心に勉強。そんな彼にインスパイアされ、自分も塾の先生に「向こうへ行っても必ずやれ」といわれ持参した数学の宿題(当時成績悪し)に手を付けるも、図形を解いてたら酔っちゃってやめました。
また機内の洗面所はエライ狭く、ギリギリのスペースで顔を洗って席に戻る際、隣のオノさんに「アハハ、泡がアゴにベットリ付いてるよ〜!」と指摘され、それ以来洗顔の際、アゴの泡を気にして10年が経とうとしている自分です。

機内では当時最新のヒット曲、B'z「HOME」、スピッツ「スピカ」、華原朋美「here we are」、槇原敬之「HAPPY DANCE」等が流れていた。これらを今聴いても当時のことを思い出してしまう。いやいや、音楽の力ってすごいね。

次回はオーストラリアに到着します!
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# by taishi-98summer | 2008-06-20 10:25
いよいよ研修も終盤に差し掛かり、オーストラリアへ向かう実感も徐々に湧き始めた頃、市内の施設にて『宿泊研修』が行われた。

出国直前の1泊2日の研修ともあって、それはそれは濃密な内容の研修だったのだろうが、自分は泊まりがけの研修に修学旅行的な気分で浮かれていたので、研修内容の記憶がほとんど無いんです(BACA)。
なので少ない引き出しをフルに開けつつ、覚えてる範囲内で書いてみます。

1日目、数少ない男子の中で、H中スグルくんが当日謎の欠席(後に病欠と判明)。
研修の内容はハッキリ言って記憶に無いのですが、夕飯を食べ終わった後、全体練習が行われた。さあ、何の練習でしょう?

特に目立った名所や名産品が存在しない埼玉が誇る、伝統的な郷土舞踊。
『秩父音頭』

前回説明した、現地最終日での送別イベント「サヨナラパーティー」のラストに研修生全員で秩父音頭を踊ることになっており、和室みたいな広間に全員集合。A中のマツモトくんが唯一秩父音頭を極めていることが判明し、彼の指導に従って夜な夜な秩父音頭を踊る僕らであった。
更にはパーティーで全員で歌うことになっている「上を向いて歩こう」と「SUKIYAKI」(つまり同じメロディ)の練習。歌詞を渡され、CDに合わせて練習をしてこの日は研修終了。
出し物別に分かれてのミーティングの時間も設けられたが、我々“TEAM・マシュマロキャッチ”は基本的にぶっつけ本番のため、「誰がマシュマロを買って来るか」等の、比較的内容の薄い話し合いで完結。

お風呂から上がり、みんなテレビの前に自然と集まる。そう、この日は日本テレビ系ドラマ「ハルモニア」(堂本光一くん主演)の初回。ワンシーンで光一くんが車を運転していて、「光一くん、大人になったんだな…」と変なところで感心。当時車の運転は飲酒・喫煙と共に“大人の証”だと思っていたからね。

2日目、前年度に研修へ行った先輩方が、現地での生活におけるアドバイスをしに来て下さった。

「水事情が悪く、水道水は飲めない」
「同じくシャワーも長時間浴びられない」
「食器洗剤の洗い流しがテキトー」
ベジマイトと呼ばれるクリームがハンパなくマズい」

などといった、日本では考えられないような話を経験と共に話して下さった。

「向こうは女の子がカワイイよ〜♥」

といった、軽い一言を聞き逃さなかった自分がいた。

昼頃に無事研修が終了。まっすぐ家へ帰るわけだが、この後自分にはスケジュールがギッシリ詰まっていた。

まず、この日は地元の年に一度のお祭りの日。
過去2年続けて、僕はうちの町内神輿を先導する「花車」と呼ばれる山車を引っ張っていた。
研修のせいで朝からの参加は出来なかったが、すぐにでも駆けつけたいところ。

が、しかし!更にこの日は塾の入塾テストがあり、研修から一度帰宅してから、泊まりの荷物を置いて塾へ直行。テストを受けてから2度目の帰宅をし、休む間もなく直ぐさま花車に合流という、若さ任せの体を張ったスケジュールを敢行。
研修と祭りという2大イベントに挟まれた試験の結果は言うまでもなく、後々入塾自体に物議を醸す結果となった。

更にもう1つ、研修センターの食堂には自販機があり、当時の人気タレントのビビアン・スーによる「ビタミンス〜♪」のCMで売り出し中の、MATCHが売っていた。
自分は飲んだことが無かったが、一緒にいたツヨシくん(KH中)がスパっと一言。

「あれ飲んだけど、マズいよ」

以後、この言葉が引っかかり続け、10年経った今でも僕はMATCHを飲んでないことをここに書いておこう。

次回はいよいよ出国!
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# by taishi-98summer | 2008-06-04 12:39
緊張して、他校の派遣生とはほとんど誰とも会話することの無いまま終わった初回の研修。これからどーすんだろ…。

しかしながら、貰った名簿をよくよくを見てみると、知った名前がチラホラ。OI中のワタルは幼稚園〜小学校低学年まで一緒だったし、KH中のツヨシとマツウラさんは市のボランティア団体(市歌を教わったやつです)で一緒。まずはこのへんから話しかけてみようと決めた。

6月某日、2度目の研修@市役所。固い空気の流れる中、たまたま目の前に座っていたのが、KH中のツヨシ、マツウラさん、ヤマダさんの3人。真後ろの俺はなんとか話しかけたいがため、きっかけが欲しくて彼らの会話に耳を傾けていた。
すると話題は、当時「サマーナイトタウン」のヒットでジワジワと人気を確立しつつあったモーニング娘。の話題に。これはチャンス!
すかさず俺、

「その会話、俺も混ぜてもらってもいい??」

若さ故に通用した力技であったが、以降は他愛も無い話と共に、お互いリラックスムードに。
この日をきっかけに、自分は男女問わず徐々に色んな人と会話ができるようになった。
ありがとう、モーニング娘。

さて、時は変わって、何度目かの研修の時、市の先生方から我々にあるテーマが与えられた。

「現地でのホームステイ最終日に、“サヨナラパーティー”というイベントが体育館であります。皆さんにはそこで何か出し物をやって頂きます」

派遣生の中でグループに分かれて、各々何か出し物をやるというもの。誰と組んで何をやるのかを決めなくてはならなくなった。
これが結果的に非常にバラエティに富んでいて、自作の洋服をファッションショー的に披露した人、当時流行りのJ-POPを歌った人、手品を披露した人、2人羽織をやって見せた人等々。今思えば、みんな一生懸命やってたんだねぇ(しみじみ)

で、自分はというと、とりあえずツヨシ(KH中)、スグル(H中)、ワタル(OI中)、コータ(HI中)と男5人でグループを組んだ。
さて、何やろうか?5人で考えに考え、1つの結論に達した。其の名は、

「マシュマロキャッチ」

一人がマシュマロを投げて、もう一人が口でキャッチして食べるのを披露するという、ハッキリ言って思い切り深夜番組的なノリの芸。熟考の末、これに決まった。
一応市を代表して海外へ行くことになっている男子達が、必死になって考えた出し物は、「マシュマロキャッチ」だった。

次回へ続く。
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# by taishi-98summer | 2008-05-20 22:11

by taishi-98summer